大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和59年(く)86号 決定

少年 R・H(一九六四・八・二四生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、付添人○○○作成の抗告申立書記載のとおりであり、要するに、少年は、過去中等少年院に入院した経験があるにもかかわらず、その矯正教育が役立たず、再非行を犯したもので、その年齢、資質、生活経験のほか本件発覚の後、約一か月間ガードマンとして真面目に働き、家庭内における自己の立場も自覚するなど、ようやく更生の環境が整い、その意欲が芽ばえつつあることなどを考慮すると、本件は保護処分には親しまず、むしろ、少年法二〇条による検察官送致の決定こそ望ましいと考えられ、特別少年院送致の保護処分に付した原決定は、処分が著しく不当である、というのである。

そこで記録を精査して検討するのに、本件は、覚せい剤の自己使用一回の非行ではあるが、少年は、一六歳のころから覚せい剤を使用し始め、昭和五七年八月二七日には本件同様の覚せい剤の自己使用で中等少年院送致の保護処分決定を受け、同五八年七月二八日同少年院を仮退院した後、同年一二月ころから再び覚せい剤を使用し始めたものであり、覚せい剤使用の常習性もうかがえるのである。ところで、少年の保護可能性について検討してみると、確かに、原決定も指摘する性格の偏り、その形成過程の根深さのほか、中等少年院仮退院後の無軌道な生活態度などにかんがみると、少年を教育して矯正する途は決して容易ではないと思われる。しかしながら、前回の少年院在院中の成績は悪くはなく、努力の跡が認められること、少年院仮退院後約四か月間は曲がりなりにも覚せい剤を断ち得ていたこと、右仮退院直後加入していた暴力団とも自己の意思で早期に脱退し、その後保護者の援助も得て絶縁していること、本件発覚後、約一か月間は就労できたこと、自己の行為を反省し得る素直さのあることなど原決定も適切に指摘する諸点のほか、知能も平均以上の能力を有し、内妻や子を思いやる心も持ち合わせていること等を総合すると、少年がまもなく成人に達する年令にあることなど所論指摘の諸点を考慮に容れても、少年に対し、その良き資質を利用しつつ適切な教育を施し、現在の自覚を一層深め、立ち直りの意欲を持たせ得るならば、少年の更生は十分に可能であり、少年に保護可能性がないとはとうてい考えられない。

また、少年や付添人が刑事処分を希望するのは、刑の執行猶予を期待してのことと思われるが、少年の覚せい剤に対する親和性の程度や前歴、生活態度等を考慮すると、仮りに検察官送致の決定がなされ刑事処分が下されるとしても少年らの期待どおりの判決となるかどうかは予断を許さないものがあり、本件の判断にあたつては、実刑の刑事処分が下される場合の不利益も、考慮の外に置くことができない。

してみると、原裁判所が右と同様の見解のもとに、少年に対しては保護可能性があるとみて、本件非行の罪質、態様とその要保護性の程度にかんがみ特別少年院送致の保護処分を選択したことは相当であり(なお原裁判所は「院内成績が良好な時は早期の仮退院を考慮されたい。」との処遇勧告を付している。)、その処分が著しく不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

よつて、少年法三三条一項、少年審判規則五〇条により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 尾鼻輝次 裁判官 木村幸男 伊東武是)

処遇勧告書〈省略〉

〔参照〕原審(大阪家 昭五九(少)五二二七号 昭五九・七・四決定)

主文

少年を特別少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、法定の除外事由がないのに昭和五九年四月二日午後九時三〇分ころ、大阪府吹田市○○町××番×号○○××号の当時の少年方居室で覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンを含有する白色結晶粉末約〇・一グラムを水に溶解して自己の身体に注射し、もつて覚せい剤を使用したものである。

(法令の適用)

覚せい剤取締法一九条、四一条の二第一項三号

(処遇の理由)

少年は、スナック喫茶店を経営している実父母の長男として昭和三九年に大阪市で出生し、吹田市立××中学校三年在学当時の昭和五四年四月に不良交遊下にバイクの窃盗事件をおこし、以下いずれも当庁で、同年八月一四日審判不開始となり、高校一年に進学した昭和五五年七月と八月にバイクの無免許運転事件をおこし、同年九月一九日不処分となつたが、その頃不良交遊下に始めて覚せい剤を自己使用し、同年九月に高校を中退した後は暴走族との不良交遊・シンナー吸引が激しくなり、昭和五六年六月からは、内妻A(昭和四〇年一一月生)と同棲を始め、同年七月頃には自分で覚せい剤を注射して使用できるようになり、同年七月と一〇月に暴走族との不良交遊下に道交法違反(共同危険行為)事件をおこし、昭和五七年二月に内妻との間に長男が出生し、同年五月一七日に前記事件で交通の保護観察に付されたが、当初から保護観察忌避の傾向が強く、無免許運転を続け、実父の経営する喫茶店をたまに手伝うだけで就業意思は認められず、自ら改善更生に努めようとする姿勢に乏しく、同年七月に覚せい剤の自己使用等の事件をおこし、同年八月二七日の審判の席で少年は自ら法二〇条による検送(以下同じ。)を希望したが、中等少年院送致決定を受けた。少年は、同月三〇日、奈良少年院に入院し、個人別教育目標として〈1〉自己洞察力・統制力を高めさせる〈2〉覚せい剤の害を学ばせ絶縁を方向付ける〈3〉勤労意欲を高め家計を支える心構えを身につけさせることが定められ、入院中若干の波はあつたものの、自己統制を強め安定した生活を送り、教育目標〈1〉につき自己洞察・統制力は高まり安定した生活・対人態度が身につき、同〈2〉につき害を学び、一家の中心、夫・父の責任を痛感する中で二度と手を出さない心構えを固めており、同〈3〉につき前記責任の自覚により家計を支える心構えができ、勤労意欲は高まつているとの評価を受け、成績は総じてBレヴエルで、努力賞・良好賞・精励賞・特別精励賞を受け、事故もなく、比較的短かい在院期間三三二日で、昭和五八年七月二八日に同少年院を仮退院した。仮退院後の保護観察の経過は同年一〇月までは普通だつたが、同年一一月以降は不良となり、同月六日に保護者が少年のために吹田市で喫茶店を開店したが、担当保護司が同店を再三訪問しても店は内妻まかせで少年はいつも不在であり、少年は担当保護司との面接を避けている状況であつた。

そしてその後明らかになつた所によれば少年は仮退院後、少年院に入つた前歴があることにひけ目を感じ、自分に対する甘え・世の中に対する甘え・諦めから保護者の知らぬ間に同年八月初めには少年院内での知人を頼つて、いわゆる暴力団の組員となり入墨等もしたが、少年にとつて、いわゆるヤクザの世界は厳しく、何もせずブラブラと遊ぶような生活ができないので自分には勤まらないと考えるようになり、同年一二月頃から再び不良交遊下に覚せい剤を自己使用するようになり、昭和五九年二月には実父の援助を得て多額の金員を支払う等して暴力団を脱退したが、その頃から全くの徒遊生活となり覚せい剤の自己使用が頻繁になり幻覚等が現われ体重が減少する等したが、実父母・内妻においては少年の使用を制止することができず、同年四月二日に本件非行事実を惹起するに致つたものであり、なお少年は同月四日にバイクの無免許運転事件をおこし現行犯逮捕されたが、その際の少年の挙動・容貌等から覚せい剤使用容疑がもたれ本件非行事実が発覚した。そして、前記無免許運転事件については観護措置決定の上、同月二五日に検察官送致(法二〇条)決定を受け、同日観護措置を取消され、翌二六日から少年は付添人弁護士の指導もあり現職の警備員として勤務していたが、同年五月二九日に本件非行事実で通常逮捕されるに至つた。

少年はIQ=一〇八で普通域程度の能力を有するが、これまで勤労意欲に乏しく、自己中心的で自己統制力に欠け、不信感や被害感を抱き易く、すぐにひがんで攻撃的に反応し易く、自己顕示性・支配性が強く、虚勢を張つたり、薬物依存傾向があり、覚せい剤使用及び無免許運転を繰り返しており、罪障感も乏しい。これに対し、実父母・内妻の少年に対する監護・統制力は少くとも本件非行発覚時までは極めて乏しい状況であつた。

ところで、少年は当審判廷で、本件と同時期に発覚した無免許運転事件については、少年の希望どおり検送された(なお少年は検送後は罰金刑で処理されると予想していた。)のであり、その後昭和五九年四月二六日からは、従前の住居を引き払い実父母の許で妻子と共に生活していて真面目に現職で勤務しており、再非行はなく、自分としては現在少年院には行きたくなく、本件で少年院送致となつても自分にとつて意味がないと考えるから、本件については執行猶予の付く可能性がある検送を求めると希望しており、保護者らも同じ意向である。また付添人弁護士は、少年法は絶対的保護優先主義を採用しておらず、法一条の目的を考えつつ、非行内容や少年の性格・保護処分の相当性ないし矯正教育の可能性の有無等を総合的に判断し、保護処分の効果が必ずしも期待できず刑事処分によつてかえつて少年法の目的が達成できると判断される場合には法二〇条による検送を行なうべきところ、本件少年は来月二四日には成人に達すること、既に妻子を有していて、前回の少年院送致の処遇にはなじまなかつた可能性があること、前回の観護措置取消後の昭和五九年四月二六日から約一か月余り真面目に勤務していてその間再非行はなく、少年の現在の環境をこのまま維持できれば、今後覚せい剤の使用を絶ち、一人前の社会人として更生することが十分可能であると考えられるが、少年の現在の更生の意欲に反して、少年院送致という形で現在の望ましい環境を劇変させることは法一条の目的に沿わず、本件は刑事処分が相当であると主張する。

しかしながら、少年が刑事手続による裁判を希望するからといつて、少年の真意を確かめることなく、家庭裁判所自身の主体的判断を捨てて法二〇条の決定をなすことは許されないのであり、本件は、今日、社会的に極めて強い非難の対象とされている覚せい剤使用事案であり、しかも少年は一六歳当時の昭和五五年夏頃から覚せい剤を自己使用するようになり、前回の覚せい剤取締法違反事件により昭和五七年八月から少年院で一度矯正教育を受けたが、院内成績は特に悪いものとは認められず、前回の収容で覚せい剤の害悪を十分認識し、再度使用することとなれば再び少年院に送致される可能性が高いことを十分認識していたにも拘らず、仮退院後約四か月を経過した昭和五八年一二月頃から約四か月間、再び多数回にわたり前同様覚せい剤を使用していたもので、少年は、覚せい剤使用の常習性を既に有するものと認められ、少年の社会的責任は大きく、検送した場合実刑になる可能性がかなり大きいこと、少年の期待に反し本件で実刑が科せられた場合、或いは猶予刑を受けてもその後再犯があり服役しなくてはならなくなつた場合には、累犯制度等から、保護処分に付した場合と対比してかなり不利益な事態が少年に生じることが確実であること、少年は、前回の覚せい剤取締法違反事件及び本件と同時期に発覚した道交法違反事件でも検送を希望しているのであり、本件での検送の希望表明も、成人と同等の刑事責任を負うというよりは、今回予想される再度の少年院送致をともかく免れたいとの意思が強く働いているものと窺われ、現時点で少年の希望通り検送することにより少年の更生が真に可能であるかは、これまでの少年の非行歴・生活歴等からみて、付添人主張のとおり約一か月間真面目に勤務してきた事実を考慮しても、ある程度確実であると予想することはできないこと等本件非行の内容・態様並びに前記のとおりの少年の非行歴・生活歴・保護環境等を総合考慮すると、少年の年令・本件非行後の更生への努力等を考慮しても、少年については本件につき保護処分に付するのが相当であると認めることができ、猶予刑の可能性がある等の理由で検送を希望する少年・付添人らの前記主張は採用できない。

また、鑑別結果通知書によると、少年の性格の偏りなどはかなり長期間かけて形成されたもので現在矯正教育による可塑性はそれほど望み得ず、成人間近であること等も考慮すると少年は保護不適で検送が相当であるとの所見が提出されている。しかしながら少年の前回の少年院内での成績は特に悪いものとは認められず、少年自身の努力の跡が認められ、仮退院後暫くは保護観察の経過は普通で約四か月間は覚せい剤を使用しなかつたこと、仮退院直後に暴力団に加入しているが、その後保護者の努力もあり脱退絶縁していて、少年自身、自分の意思の弱さが加入の原因であつたと現在反省していること、少年の勤労意欲の乏しさは保護者に経済力があることが一因であると考えられるが、少年自身、暴力団からの脱退の際にみられるように保護者への依存が大きく、未だ妻子ある男子として自立して生活していくまでの生活力・精神力は乏しいと認められること、本件非行発覚後は少年・保護者らの反省は深く約一か月間の真面目な勤務状態からも更生の意欲があると認められること等を考慮すると、鑑別結果通知書の添付資料を検討しても、少年については現在においても矯正教育による可塑性が十分あると認められるので、保護不適とする前記所見は採用できない。

従つて以上によれば本件非行につき少年を刑事処分に付するよりも保護処分に付する方が少年法上相当であると判断する。

なお、少年は本件と同時期に発覚した道交法違反事件につき既に検送決定を受けているが、これは大量・画一的処理を必要とする交通事件の特殊性及び罰金刑の有する教育的効果等をも考慮してなされたものと認めることができ、前記交通事件で検送になつたから本件も検送すべきであると直ちに考えることはできず、本件非行については前記のとおり保護処分に付するのが相当である。

以上のとおり、本件非行の内容・態様、少年の非行歴・生活歴・交遊環境、少年の自分本位で罪障感に乏しい性格、これまでの家庭の乏しい保護能力等を考慮すると、本件少年については将来の健全な育成を期する上で要保護性が大きいところ、社会内処遇にはさしたる効果は期待できず、他方前記のとおり少年法上の保護処分の効果は最早期待できず、刑事処分相当であるとは認められず、前回の少年院仮退院後犯罪的傾向が進んだものと認められ、このまま家庭に復帰させれば再び同種非行を犯すことになる虞れが多分にあるので、再び施設に収容の上、規律正しい集団生活の中で、これまでの生活態度を改めさせるとともに、社会規範に対する正しい考え方を養うため、再度粘り強く一層の矯正教育を施すことが相当であり、少年を特別少年院に送致することとする。

ただ、少年は、本件非行発覚後はこれまでの生活に対する反省が深く、付添人弁護士の指導もあり約一か月間は真面目に勤務していて、少年・保護者らとも更生への意欲を示していること、少年は成人間近であり、かつ妻子があること等を考慮すると、今回は院内成績良好時には比較的早期の仮退院が望まれると考える。

よつて、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 水谷正俊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例